1.「最後はママがやっとくね」で起きた、まさかのオチ

長男が小学生だったときのこと。
家庭科の宿題で、かんたんなリュックサックを作るという課題が出ました。

慣れない針と糸を手に、時間をかけてちくちく縫っていた息子。
でもその日はもう夜も遅くて、目もとろんとしていたので、

「最後の紐通しのところのまつり縫いは、ママがやっとくから寝なさい」
と声をかけました。

「まつり縫い」というのは、リュックの口の部分に紐を通すための小さな仕上げ。
ちょっとした箇所だけど、細かくて時間がかかるんです。

息子は「うん」と言って安心したように布を置き、布団に向かっていきました。

数日後の授業参観。

教室の壁には、子どもたちが作ったリュックがずらりと並べられていました。
その中に、息子の作品もちゃんとあって、なんだか胸がじんとしました。

「よくがんばったなあ」と思いながら近づいてみると…
作品の下に添えられた先生からのコメントが目に入ってきました。

「大変よくできました
紐通しの部分は、もう少し丁寧にまつりましょう」

……はい、それ、私がやったとこです😂

母の手仕事、しっかりバレてました。
雑さも丸ごと見抜かれてた。笑

でもそのリュックのほとんどは、息子が自分で丁寧に作ったもの。
針の持ち方も、玉どめも、アイロンも、自分で学んで、コツコツ完成させていたのです。

実はこの息子の“器用さ”、
大人になった今もちゃんと続いています。

細かい作業が得意で、ちょっとした修理や手先の工夫はお手のもの。
何かを組み立てたり、工具を使ったり、裁縫だってサッとこなす。

私が苦手だったことを、
息子は自分の力で自然に身につけていったんだなと思います。

🍀 あの頃の手仕事は、記憶の中で今も光ってる

あの日のまつり縫いは、
ちょっとだけズレて、ちょっとだけ曲がってたけど、

それでも、あたたかい時間だったなと今は思えます。

✍️ 読後のひと言

「ここはママがやっとくね」から生まれた、思いがけない未来。
仕上げは雑だったけど、思い出はちゃんときれいに縫い上がってる。